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「うちの子供を障害児のお世話係にしたくない!」という健常児ママの気持ち

   

助け合いは義務ではない

(この記事は2014年3月5日に書いたものです。)

 

先日、療育センターで一緒だった、娘より学年が一つ上の子(Sくん)のお母さんとスーパーで偶然会い、立ち話をしました。

 

助け合いは義務ではないので摩擦が生じることも

 

Sくんはダウン症で通常級に在籍しています。

 

入学当初にSくんのお母さんに会ったときは、「クラスのみんながSを助けてくれて、とても助かっているのよ~」と幸せそうに話していました。

 

それが、先日会ったときは、同じクラスのお母さんに、「うちの子はSくんのお世話をするために学校へ通ってるわけじゃないんです」と言われたそうです。

 

Sくんのお母さんは、「みんなで助け合っていると思っていたのに」と寂しそうでした。

 

「お世話係になった健常児の気持ち」というのに私は今まで気づいていなかったので、とてもためになる話を聞いたように思います。

 

(このブログでは「定型発達」という言葉を使うこともありましたが、「健常」の方が短い言葉で一般的なのでこちらを選びました)

 

私の娘は負けず嫌いなところがあるので、同級生のお世話などは受け付けないし、知的に遅れがないので、たいていのことは他の子と同じように自分でできます。

 

他害もないし、勝手に大きな声も出さないので、他の子と比べて特段に迷惑をおかけしているようにも思えません。(障害児はそこにいるだけで迷惑よ!と思っている人もいるかな?)

 

なので、娘がクラスの子に特別な負担を強いるようなことはないと思っていますが、私は障害のある子のお母さんたちと親しくさせていただいているので、障害児やその親が社会との関係で起きる摩擦には広く関心があります。

 

人のお世話が楽しい年齢から友達を選ぶ年齢への変化

 

お世話係

 

「障害児」「お世話係」というワードで検索すると、健常児のお母さんの戸惑いやお悩み、過去にクラスで障害児のお世話係をやっていた子の苦悩など、いろいろな話を知ることができました。

 

幼稚園児などは、お人形のお世話をするような感覚、またはお母さんになったような感覚で発達の遅れている子のお世話をする子もいて、楽しそうにお世話しているように見えることもありますね。

 

でも、子供はいつまでもお人形ごっこやお母さんごっこをやるわけではないし、ごっこ遊びを卒業する年齢もやってきます。

 

障害のある子ではなく健常の子と遊んだほうが楽しいと思うようになることもあるかもしれません。

 

以前、テレビのドキュメンタリーとして放映された大阪市立南住吉大空小学校のことをこのブログで書きましたが、学校全体の子が困っている子を助ける校風を校長先生が中心になって作り上げていました。

 

特定の一人の子だけが「お世話係」になってしまうのは、気持ちの上でも負担で、その子の行動を狭めてしまうことにもなり、望ましいことではないのかもしれません。

 

障害のある子だけでなく、そのまわりにいる健常の子の気持ちにも、大人は気づいてあげなければいけないのですね。

 

また、子供の方が負担に思っているかどうかは別にして、「うちの子供を障害児のお世話係にしたくない!」と思っている健常児のお母さんもいるようです。

 

そう考えると、お世話を特に必要としていない私の娘に対しても、障害があるというだけで「この子と関わるとうちの子がお世話係になってしまうかも」と心で思っている健常児のお母さんもいるかもしれませんね。

 

「うちの娘は特にお世話は必要ないです」とアピールするのも不自然で何か違う気がするし、心で何かを勝手に決めつけている人がいたとしても、それはその人の心の内だけのことで、私たち親子には関係がないと思うようにしたいです。

 

障害のある子もない子も、一人で大きな負担を背負う必要なんてないし、みんなが学校で楽しく過ごせるようにするためには、大人が子供たちの様子をしっかり見てあげなければいけないですね。

 

一見、仲が良さそうに見えても、実はそうではなかった、という子供同士の関係も実際にはありますよね。

 

 

子供の関係も大人の関係もいろいろです。

 

 

関連記事(1):大阪市立南住吉大空小学校「みんなの学校」を見て。特別支援のあり方。
関連記事(2):特別支援級のトンデモ先生の話。支援級と通常級(普通級)を迷う時の参考に?

 

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